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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)1244号 判決 1979年4月24日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

「原告が被告に対し看護婦として被告大学附属病院本院の本館手術室に勤務する権利を有することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  被告は、教育基本法、学校教育法及び私立学校法に基づいて設立された学校法人であって、医科大学及び高等看護学院の教育施設を設置するとともに、附属病院本院その他の医療施設を経営している。そして、原告は、昭和四七年三月、被告の設置する高等看護学院を卒業し、同年四月、被告大学附属病院本院(以下、「附属病院本院」または「本院」という。)の看護婦として採用されるとともに、本院の外科病棟に配属され、昭和四九年四月から、原告の希望により、本院の本館手術室に配転されて同手術室での看護業務に従事していたものである。

2  ところが、原告は、昭和四九年秋に妊娠し、昭和五〇年三月一五日から産前休暇を取り、同年五月七日に男児を出産し、さらに同年六月一八日まで産後休暇を取ったうえ、引き続き同年一二月一八日まで六か月間育児のために休職し、同月一九日に復職したところ、本院の総婦長温井みさ(以下、「温井総婦長」または「総婦長」という。)は、同日、原告に対し、原告を本院の本館歯科外来診療室へ配転する旨の命令(以下、「本件配転命令」という。)を発した。

3  しかしながら、温井総婦長の発した本件配転命令は、次に述べるとおり、違法、無効なものである。

(一) 被告大学の就業規則第一五条は、「業務上必要と認めたときは、職員に配置転換及び職種変更を命ずることがある。」と規定し、同第一六条は、「異動に際しては、正当な理由のない限り之に従わなければならない。」と規定している。そして、右第一五条所定の「業務上必要」とは、客観的な合理性のある業務上の必要を意味するものであって、被告の恣意的な必要を含むものでないことはいうまでもない。

ところが、昭和五〇年一二月一九日当時本院においては、原告を本館手術室から本館歯科外来診療室へ配転しなければならない客観的な合理性のある業務上の必要はなかった。すなわち、当時本館手術室には、婦長一名、主任看護婦一名、看護婦一二名、准看護婦九名が配置されていたが、すでに著しい人員不足の状況にあったのみならず、一二月末日までに右のうち主任看護婦一名、看護婦二名の退職することが予定されていた。一方、当時本館歯科外来診療室には、主任看護婦一名、准看護婦一名、医療事務員一名が配置されており、そのうち准看護婦一名が一二月中に退職する予定となっていたが、歯科衛生士二名を採用すべく募集中であって、看護婦を緊急に配置しなければならない必要はなかった。なお、手術室での勤務には、準夜勤(午後四時から午前零時まで)や深夜勤(午前零時から午前八時まで)があったが、原告に対しては生児の離乳時まで夜勤を免除しても手術室の業務に支障は生じなかったはずであるし、原告も、休職後は生児を保育所に預けて業務に支障のないように手術室で勤務したいと申し出ていた。

(二) 一方、原告は、看護婦を自己の生涯の職業として選択し、昭和四四年四月から同四七年三月まで被告大学附属高等看護学院で看護婦になるための勉強をしたが、同学院卒業後附属病院本院の看護婦に採用された後は、同病院において看護婦としての知識と経験とを系統的に集積して患者にとってより良い看護を提供すべく、まず外科系統の看護業務を系統的に習得することを希望し、昭和四七年四月から二年間本院の外科病棟に勤務したうえ、昭和四九年四月から本院の本館手術室に勤務していたものである。そして、手術室での看護業務を一応マスターするには通常三年間位を要するから、原告は、産前休暇取得当時その看護業務の習得の途上にあったものであり、育児のための休職期間終了後も引き続き右手術室に勤務することを強く希望していたものである。

しかるに、温井総婦長は、前記のとおり、原告を本院の本館手術室から他へ配転しなければならない客観的な合理性のある業務上の必要がなかったにもかかわらず、原告の右のような強い希望と経歴とを無視して、原告を本院の本館歯科外来診療室へ配転する命令を発したものである。しかも、歯学部のない被告大学の附属病院においては、歯科は傍系の分野であるのみならず、外科病棟ないし外科手術室の看護業務と歯科外来診療室のそれとは全く別系統で畑違いの業務である。従って、本件配転命令は、原告の外科系統における看護業務の系統的習得を一方的に阻害し、原告の看護婦としての熱意や向上心を著しく阻喪せしめるものであって、原告の職業人としての人格に対する重大な侵害行為である。

さらに、原告が本館手術室に勤務しておれば、日勤のほかに、準夜勤及び深夜勤の交替勤務があり、夜勤手当の支給を受けることができるが、原告が本館歯科外来診療室に勤務することになれば、日勤のみで、夜勤がなく、夜勤手当の支給を受けることができなくなり、その賃金において、毎月少なくとも金二万円の減収となる。従って、本件配転命令は、原告に対し、経済的にも右金額相当の不利益を与えるものである。

(三) しかのみならず、本件配転命令は、原告が被告に対し強く要求して育児のための休職を取得したことを嫌悪するとともに、原告の行なったこのような労働条件の改善要求闘争が他の看護婦等にも波及することを危惧した総婦長が、原告の休職取得のための闘争に報復を加え、原告を他の看護婦等から隔離しようとする意図で発したものである。

すなわち、原告は、女子労働者たる看護婦の権利として、乳児を自己の母乳で育てることと、看護婦の仕事を継続することとを両立させなければならないと考えたが、本院には育児施設がなかったので、産後休暇に引き続いて六か月間の育児のための休職を取得する必要があると考えた。そこで、原告は、昭和四九年一二月ごろ、温井総婦長に対して、産後休暇後六か月間位休職したいと申し出たのをはじめとして、昭和五〇年二月以降何回にもわたり(二月前半、同月二七日、三月三日、同月六日、同月一一日、同月一四日、五月二二日、六月七日、同月一四日など)、温井総婦長、本館手術室の斉藤婦長らを通じて被告に対し、口頭(電話を含む。)または書面(被告が休職願の用紙を交付しなかったので、やむをえず欠勤願の用紙を使用したこともある。)をもって、原告が育児のために休職せざるをえない事情を具体的に述べ、産後休暇後六か月間の休職の願出をした。しかるに、温井総婦長、斉藤婦長らは、前例がないから無理であろう、一旦退職してはどうかと述べたり、休職願の用紙の交付を拒否したりするなど種々の嫌がらせをするばかりで、その後原告が同年五月七日に男児を現実に出産し、さらに産後休暇が終了するに至るも、何ら右の願出に対する明確な回答をせず、ただ同年六月一八日ごろに一度だけ、右願出につき被告大学で検討中であるとの説明をしたのみであった。そこで、心配した原告は、その後連日のように、温井総婦長、斉藤婦長や本院の阿部病院長らに電話をかけて、右願出に対する回答を強く要求したところ、同年七月二日ごろにはじめて、被告大学の大津勤労課長から、原告の休職を正式に認めることを理事会に提案するとの電話回答があり、同月七日になってようやく、六月一九日付で原告に休職を命ずる旨の辞令が出るに至った。

そこで、温井総婦長は、原告が以上のような経過で被告に強く要求して育児のための休職を取得したことを嫌悪するとともに、このような労働条件の改善要求闘争が他の看護婦等にも波及することを危惧して、前記のような意図をもって本件配転命令を発するに至ったものである。

(四) なお、出産及び育児は女性の最も優れた使命の一つであるから、労働契約関係においても、女性労働者がその出産及び育児の故に下利益な立場に立たされることがあってはならない。そして、この不利益には、経済的な不利益ばかりではなく、職業人としての向上心の阻害など精神的な不利益も含まれるのである。ところが、本件配転命令は、原告の出産及び育児を理由として、女性労働者たる原告に著しい精神的、経済的不利益を与えるものであって、明らかに不当な命令というべきである。そして、このような内容の本件配転命令は、被告が原告の休職を認めた昭和五〇年七月に制定された、義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休業に関する法律の趣旨にも反する。

(五) 以上のとおりであるから、温井総婦長の発した本件配転命令は、就業規則第一五条、第一六条の解釈、運用を誤ったものであり、また、人事権を著しく濫用したものであって、違法、無効であるといわなければならない。

4  従って、原告は、本件配転命令後も、看護婦として本院の本館手術室に勤務する権利を有するものというべきである。しかるに、被告は、その後、原告が右権利を有することを否定して、原告を右手術室勤務の看護婦として取り扱わない。

5  よって、原告は、被告に対して右権利を有することの確認を求める次第である。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1記載の事実のうち、原告の本院本館手術室への配転が原告の希望によるものであったという点は否認する(但し、原告が本館手術室での勤務を希望し、被告がこれを参考にしたことはある。)が、その余の事実は認める。

2  請求原因2記載の事実は認める。但し、原告の休職は、就業規則第一九条第一号、第二〇条の規定による一般休職である。

3  (一) 請求原因3の(一)記載の事実のうち、就業規則第一五条及び同第一六条に原告主張のとおりの規定のあること、昭和五〇年一二月一九日当時本館手術室に婦長一名、主任看護婦一名、看護婦一二名、准看護婦九名が配置されており、同月末日までにそのうち主任看護婦一名、看護婦二名の退職することが予定されていたこと、その当時本館歯科外来診療室に主任看護婦一名、准看護婦一名、医療事務員一名が配置されており、そのうち准看護婦一名が同月中に退職する予定となっていたこと、手術室での勤務には準夜勤(午後四時から午前零時まで)や深夜勤(午前零時から午前八時まで)があったことは認める。しかしながら、昭和五〇年一二月一九日当時原告を本館手術室から本館歯科外来診療室へ配転しなければならない客観的な合理性のある業務上の必要がなかった、という原告の主張は争う。

なお、手術室での勤務は、原告も主張するとおり、日勤のほかに、準夜勤及び深夜勤の三交替勤務があるばかりでなく、手術が始まれば予定の勤務時間が終了しても手術の途中で勤務を抜けることは困難であって、時間的な拘束性が強い。しかも、その勤務は、身体的にも、精神的にも激務である。それに対し、歯科外来診療室での勤務は、日勤のみで、夜勤がなく、手術室での勤務に比し、身体的にも、精神的にも楽である。一方、原告は、復職の際、手術室に勤務しても生児のための授乳時間を取りたいと申し述べていた。そこで、総婦長は、業務上の必要等のほかに、原告の育児、母体保護等をも考慮して、原告を歯科外来診療室に配転したものである。

(二) 請求原因3の(二)記載の事実のうち、原告が昭和四四年四月から同四七年三月まで被告大学附属高等看護学院に在学し、同学院卒業後附属病院本院の看護婦に採用され、昭和四七年四月から二年間本院の外科病棟に勤務し、昭和四九年四月からその本館手術室に勤務していたこと、原告が休職終了後も右手術室に勤務することを強く希望したこと、被告大学に歯学部がないこと、本館手術室勤務には、日勤のほかに、準夜勤及び深夜勤があり、夜勤手当が支給されるが、本館歯科外来診療室勤務には、夜勤がなく、夜勤手当が支給されないことは認める。しかしながら、本件配転命令が違法、不当なものであるという趣旨の原告の主張は争う。

被告大学の附属病院本院には、現在、約六〇〇名の看護婦及び准看護婦が勤務しているが、被告は、これらの看護婦等を採用する際には、外科その他の各科専属の看護婦等として採用するのではなく、被告大学附属病院の看護婦等として採用し、これを本院、青戸分院及び第三分院(狛江分院)に配属し、さらに、本院及び各分院の総婦長が各科に配置するのである。そして、総婦長は、二年間ないし四年間位で看護婦等の配置転換を行なっているが、その配置転換は、業務上の必要、看護婦等の教育計画、看護婦等の間の公平、育児、母体保護等を考慮して行なうのである。従って、その配置転換が個々の看護婦等の主観的希望に合致しない場合もありうるが、これは配置転換が組織活動である以上やむをえない。

(三) 請求原因3の(三)記載の事実のうち、原告が昭和四九年一二月ごろ温井総婦長に対し産後休暇後六か月間位休職したいと申し述べたこと、原告が昭和五〇年二月以降何回かにわたり温井総婦長、斉藤婦長らを通じて口頭または書面により産後休暇後六か月間の休職(または欠勤)の願出をしたこと、これに対し被告や総婦長らが昭和五〇年七月二日ごろまで右願出を正式に認める旨の回答をしなかったこと、被告が昭和五〇年七月に同年六月一九日付で原告に休職を命ずる旨の辞令を出したことは認める。しかしながら、温井総婦長が原告の主張するような理由及び意図で本件配転命令を発した、という原告の主張は争う。

なお、原告からの休職の願出に対し被告や総婦長らが昭和五〇年七月までこれを正式に認める旨の回答をしなかった主な理由は、次のとおりである。まず、被告大学の附属病院の看護婦等の休職を認める権限は、被告大学の理事会にあり、婦総長らにはないから、理事会がこれを認める以前に総婦長らがこれを認める回答をすることはできない。また、被告は、従来から、必要があれば看護婦等の休職を認めてきたが、原告につき産後休暇後さらに休職を認める必要があるか否かの判断をするためには、原告が現実に産後休暇に入ってから後の具体的な事情を見て検討しなければならなかった。さらに、育児のための休職についての就業規則上の根拠規定は、一般休職に関する同規則第二〇条第三号(「正当な事由による欠勤が三〇日以上に及ぶとき」)と同条第五号(「その他大学が必要と認めたとき」)であるが、看護婦等が休職すれば無給となるから、育児のための休職をする場合には、右第三号の規定に従い、まず三〇日欠勤したうえ、その後休職する方が有利である。そこで、被告が原告の休職を認めるに当っては、原告が右第三号による休職と右第五号による休職とのいずれを選択するかを原告自身から確認する必要があったからである。従って、被告や総婦長らは、特別の意図があって、原告からの休職の願出に対する回答を遅らせたものではない。

(四) 請求原因3の(四)記載の主張のうち、本件配転命令が原告の出産及び育児を理由として原告に精神的、経済的不利益を与えるものであること、同配転命令が原告の主張する法律の趣旨に反するものであることは争う。

(五) 請求原因3の(五)記載の主張は争う。

4  請求原因4記載の事実のうち、被告が、本件配転命令後、原告が看護婦として本院の本館手術室に勤務する権利を有することを否定し、原告を右手術室勤務の看護婦として取り扱っていないことは認める。しかし、本件配転命令後も原告が右のような権利を有するという原告の主張は争う。

三  原告の請求に対する被告の主張及び抗弁

1  原告は、昭和四七年四月、被告と雇用契約を締結して、被告大学附属病院の看護婦となり、本院に配属されたものであるが、外科その他の各科専属の看護婦として採用されたものではないし、また、附属病院内における勤務(就労)の場所は右雇用契約の内容とはなっていないのであるから、原告の勤務の場所は、右契約の履行過程としての被告(現実には本院の総婦長)の指揮命令によって指定されるべきものであって、そこに権利または法律上の利益の問題の生じる余地はない。従って、原告が被告大学附属病院内の特定の場所である本院の本館手術室に勤務する権利を有することの確認を求める、という原告の本訴請求は、請求自体失当というべきである。

2  被告大学の附属病院においては、従来からの慣行として、その従業員たる看護婦(准看護婦等を含む。)が産前休暇に入ると、その所属をそれまでの勤務場所から総婦長室付に配置転換し、その看護婦が産前休暇、出産及び産後休暇を終了して復職する際に、総婦長がその新しい勤務場所を指定しているが、新しい勤務場所は、総婦長が業務上の必要、看護婦の教育計画、看護婦間の公平、育児、母体保護等を考慮して指定するのであって、必ずしも産前休暇前の勤務場所と一致するとは限らなかった。そして、原告の場合も、右と同様に、原告が昭和五〇年三月一五日に産前休暇に入ると同時に、その所属を変更して、それまでの勤務場所であった本院の本館手術室から本院の総婦長室付に配置転換されていたものである。従って、仮に原告が産前休暇前に本院の本館手術室に勤務する権利を有したとしても、原告は、右配置転換により、その権利を失っている。

四  被告の主張及び抗弁に対する原告の認否

1  被告の主張及び抗弁1記載の事実のうち、原告が昭和四七年四月被告と雇用契約を締結して、被告大学附属病院の看護婦となり、本院に配属されたものであることは認める。しかし、原告の本訴請求がそれ自体失当であるという被告の主張は争う。

2  被告の主張及び抗弁2記載の事実のうち、原告が昭和五〇年三月一五日に産前休暇に入ったことは認める。しかし、その余の事実及び主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1記載の事実は、そのうち原告の本院本館手術室への配転が原告の希望によるものであったとの点を除いて、当事者間に争いがなく、また、請求原因2記載の事実も、当事者間に争いがない。

なお、《証拠省略》によれば、附属病院本院は、内科、精神神経科、小児科、外科(各種の外科を含む。)、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻科、放射線科、歯科の各科を含む総合病院であって、同病院に勤務する看護婦及び准看護婦の人員も、昭和五〇年前後において、約五〇〇名ないし六〇〇名に達していたことが認められるところ、原告が同病院の看護婦として採用された際に、原、被告間の契約により、原告の看護婦としての専属科目や勤務場所が特定されていたことを認めるべき証拠はなく、却って、《証拠省略》によれば、原、被告間には、原告の専属科目や勤務場所についての特約は全くなかったことが認められる。そうすると、原告は、右採用の際に、その後に行なわれるべき少なくとも本院内での各科や各勤務場所への配置転換については、それが業務上の必要等に基づくものであり、かつ、それを違法または不当とすべき特別の理由のない限り、これに応ずることを少なくとも黙示に承諾していたものと解すべきである。そして、この結論は、仮に原告の外科病棟への配属やその後の本館手術室への配転が原告の希望にそうものであったとしても、そのことのみによって何ら影響を受けるものではない。

二  ところで、被告は、右のような場合においては、原告の本訴請求は請求自体失当であると主張するが、その主張の当否はしばらく措き、被告は、さらに抗弁として、原告は本件配転命令の前に本院の本館手術室から本院の総婦長室付に配置転換されていたと主張するので、まず、その主張について判断する。

そこで、証拠を検討するに、《証拠省略》によれば、次の各事実を認定することができ(る。)《証拠判断省略》。

1  被告は、その附属病院である本院、青戸分院及び第三分院(狛江分院)に各一名の総婦長を配置しているが、総婦長は、右の各病院における看護婦、准看護婦その他の看護職員(以下、「看護婦等」という。)の人事管理、労務管理、健康管理、教育等の業務を総括する権限と職責を有するものであって、被告によって右の各病院に配属された看護婦等の各病院内における勤務場所(勤務科目をも含む。以下同じ。)の指定やその後の各病院内での配置転換を行なうことも、総婦長の権限に属する。

2  そして、総婦長は、看護婦等の勤務場所の指定やその後の配置転換については、各病院内における業務上の必要、看護婦等の教育計画、看護婦等の間に公平、育児、母体保護等諸般の事情を考慮して行なうのであって、勤務場所に関する看護婦等の個人的な希望は単に一つの参考資料とされるにすぎない。

3  被告大学の附属病院、少なくとも本院においては、従来からの慣行として、看護婦等が産前休暇に入ると、その時点から当然に、その所属を変更してそれまでの勤務場所から総婦長室付に配転し、その結果看護婦等が減員となったそれまでの勤務場所には、その後、業務の必要等に応じて可及的に他の看護婦等を補充配置し(もっとも、人員の都合でその補充配置の不可能な場合もありうる。)、産前休暇に入った看護婦等がその後出産及び産後休暇等を終了して復職する際には、総婦長がその新しい勤務場所を指定するという措置をとっていた。そして、その新しい勤務場所は、総婦長が右2で述べたような諸般の事情を考慮して指定するのであって、必ずしも産前休暇前の勤務場所と一致するとは限らず、むしろそれと異ることが多かった。なお、看護婦等が傷病により長期欠勤するなどの場合にも、右と同様の措置がとられていた。

4  原告についても、右の慣行に従い、右と同様の措置がとられ、原告が昭和五〇年三月一五日に産前休暇に入ると同時に、当然に、その所属は、それまでの勤務場所であった本院の本館手術室から本院の総婦長室付に配転され、その結果看護婦一名が減員となった本館手術室には、同年四月に、新入の看護婦等が配置された。そして、本件配転命令は、原告がその後出産、産後休暇及び育児のための休職を終了して昭和五〇年一二月一九日に復職したのに伴い、その新しい勤務場所を指定するために発されたものである。

5  なお、産前休暇や長期欠勤に入る看護婦等の従前の勤務場所から総婦長室付への配転は、病院の業務の円滑な運営や看護婦等に対する人事管理等の必要に基づいて行なう手続上の措置にすぎないのであって、現実に総婦長室等において勤務することを命ずるものではないから、その配転がなされても、それに伴い、右看護婦等に対し現実に従事すべき職務やそのための机、ロッカー等が与えられるわけではない。

以上のとおりの事実が認められる。

そして、被告大学の附属病院(少なくとも本院)における右3に認定の慣行は、病院の社会的使命や、右1及び2で認定の総婦長の権限、職責等に照らして、客観的な合理性のある慣行であったというべきであり、これを違法または不当とすべき理由は見出しがたい。従ってまた、その慣行に従い原告に対してなされた、右4に認定の本院総婦長室付への配転の措置についても、これを違法または不当とすべき理由は考えられない。

三  そうすると、仮に原告が昭和五〇年三月一五日に産前休暇に入る時点まではその主張のとおりに本院の本館手術室に勤務する権利を有していたとしても、原告は、産前休暇に入ると同時に、右4に認定の本院総婦長室付への配転の措置により、右権利を失うに至ったものというべきであって、その後になされた本件配転命令の効力の有無を問題にするまでもなく、原告はすでに右権利を有しないものといわなければならない。

四  以上の次第であって、原告の本訴請求は、原、被告のその余の主張について判断するまでもなく、理由がないというべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村長生)

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